background movie http://youtu.be/lEEZ5jB5pWk
HOME 日ノ暦
記ノ暦
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
文箱

名前:
メール:
件名:
本文:

Ranking RSSリンク

青島原人の手帖

さまざまな暮らしの肖像をスローに描いています。
暮らしのスケッチ カテゴリーの記事

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「糖質制限やってみた」の歌

肥満に悩む人多いようだ。
ロックグループ「打ち首獄門同好会」が歌う糖質制限の歌
ことさら「糖 脳 病」の私はまったくもって身につまされる。
歌は本質を突いている。ズバリその通りなのであんぐりしてしまった。
なに糖質制限はまだ緩い。
私の主治医は「炭水化物は諸悪の根源」と口やかましい。たとえ微量の糖でもまかりならぬと手厳しい。


笑える。


スポンサーサイト

「あたい更年期鬱なのよ」への処方箋

土を焼いて器を作った。それが人類の暮らし、文化の始まりだった。
二人暮らしの家にたくさんな陶器は要らない。大中小の皿ならば、それぞれ一枚ないし二枚あればいい。
所用あって銀座伊東屋を訪れた。帰路立ち寄った陶器店で、皿、小皿二三枚求めた。ちょっと、いや相当高かった。
それを契機に木蓮さんが俄然やる氣モードに入り、不要の皿、使っていない不用陶器などを選別し始めた。畳に並べ、どうしようああしようと苦悶喜悦の表情を浮かべている。そっとしといてやろう、大いに走らせておこうと思う。
更年期鬱のなによりの処方は「すべて受け入れわがまま放縦のかぎりを尽くす」ことにある。黒煙を吐き、汽笛一声よろしく陶器選びの旅が始まった。茨城県笠間に陶器店がある。連れて行ってと目で合図する。築地にもあるから連れて行って目線で命令する。備前、有田の器も見たいのよとささやいたりする。
今日も今日とて、直径22センチの市松柄大皿一枚お買い上げ。ちなみに美濃焼で価格は4000円だった。

「新平家物語」へ回帰すること

すっかり青空文庫にハマってしまった。オドロオドロしい江戸川乱歩もいれば啄木もいる。賢治もいれば太宰も顔を出したりする。今昔の作品すべてというわけにはいかないけれど、ちょっとした暇つぶしに紐解くには十分おもしろい。なにより気の向くまま、しかも無料で読めるのがいい。

吉川英治版「新平家物語」「三国志」「新書太閤記」を高校時代にすべて読み終えた。清盛、義経、秀吉、孔明、関羽が縦横無尽に活躍する様に心踊った。中でも「新平家物語」は深く心に焼き付いた作品だった。「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」に始まる物語は思春期を迎えようとするニキビ面の高校生にいくばくかの余韻を残したようだ。「私本太平記」「宮本武蔵」を読んだかどうか記憶がない。あまりに臭いので敬遠したのかも知れない。多分飽きたのだろう。笑。

星霜を重ねて数十年、再び吉川英治が現れた。軽い気持ちで読み始めた「私本太平記」で楠木正成を知った。今年二月のある日、義母さんと木蓮さんを伴って江戸城梅めぐりに出た。皇居入り口広場に「楠木正成像」が建っていた。楠木正成の名前こそ知っていたが、どのような人でどういうことを成したかは寡聞にして知らなかった。読み始めた伏線はそこにあったようだ。

あっという間に読み終えた。続いて「新書太閤記」全巻を読み終えた。いやはや、俺ってこんなに読書家だったかと首を傾げた。ここまできたら懐かしい「新平家物語」に行くだろうと「青空文庫」を検索したが残念なことに網羅されていなかった。こればかりは図書館のお世話になるしかないのだが、まあのんびりやるかと苦笑い。「宮本武蔵」「三国志」は網羅されている。読むならば「三国志」だが幾度も読んでいるから粗筋の大方は把握している。それより「平家物語」が読みたいと心が呼びかける。心の命ずるままに流されていいではないかと。ということで七月もせっせこ図書館通い。

矢車草

五月中旬、木蓮さんと自転車散歩に出た。そこかしこに花が咲き、ついつい見とれながらペダルを漕いだ。八千代公園の近く、人様の庭に咲いていた花に目を留めた木蓮さんが「あ、矢車草、わたしの大好きな花」とつぶいやいた。矢車草、その名こそは昔から知っていた。啄木歌集「一握の砂」に「函館の青柳町こそかなしけれ友の恋歌矢車の花」という歌が載っている。


yaguruma09.jpg

WEB画像参照


文京区小石川に啄木終焉の地があることも知っていた。小石川植物園に遊んだ帰路に立ち寄ってみた。小さく瀟洒な建物横に記念碑が刻まれていた。没後100年を経ても啄木の歌に共感を寄せる人は多いらしい。それが契機になってここ10日の間に啄木関連の書物を三冊読了し石川啄木の生涯を辿った。26歳の若さで夭折した詩人の暮らしと魂の遍歴に触れた。啄木の評価、毀誉褒貶さまざまだけれど「作品」の持つ輝きはいまだに色褪せていない。100年前も今も人の暮らしのかたちが変わるものではないだろう。誰しもが幸せになりたいと願い慎ましい努力を重ね幸せ階段を昇る。その途上において挫折、失意、変転を余儀なくされる人もいるだろう。願い叶って「幸せのかたち」を得る人もいるだろう。明治の終わりに一筋の光芒を放って去った石川啄木の心疼く歌の数々はこれからも命脈を保っていくにちがいない。

なお啄木が遺した最高傑作「一握の砂」は青空文庫で読むことができる。

春が来たようで

朝からストーブガンガン焚いて、コタツに湯たんぽ二個放り込んで、どこに出かけず高校野球。3点入って(これがみなホームラン)集中力がプツンと切れて、木蓮さんは折り紙でバラを作り始め、私は届いた文具(pilot万年筆キャップレス黒)にインクを入れ始め(pilotの霧雨を選んだ)、バラを折り終わった木蓮さんはゴロリお昼寝に入り、やがて午後四時近くになり、夕方から週一の義母介護に出かけなくてはならず(介護とは名ばかりで、実は夕ご飯の馳走に預かるわけで)、しぐれ雨もようやく上がり、明日から本格の春日和になると予報が言っているけれど、ほんまかいなと首を傾げたりする。一月四日に勃発した騒動から四ヶ月目に入った。一年以内の再発率30%に怖れ戦き、気が抜けず、ストレスも堆積し、ブログもまともに書けず、トレーニングもできず、仕事もできず、ああでもないこうでもないと埒もないことに右往左往。まともに読書もできず、あれも読まねばこれも読まねばと思いつつ、寝床でスマホ「青空文庫」少しづつ。ようやく河口慧海著、長編「チベット旅行記」を読み終えた。次に読み始めたのがビクトルユゴー「ミゼラブル」これまた大長編であっくり来るのだが、次第にハマってきたようで。版権フリーの訳が時代がかっていて面白い。(明治大正昭和期の訳)
ということでようやく春が来たかも。啓蟄に倣ってぼちぼち動くかの。

震災慟哭

震災の日に詠んだ歌二首。
今年一月四日に木蓮さんを喪いかけた身として、ことさら「今日」は身に染みる。
『在りし日よ逝きたる人の面影よ幾年月経ても褪せることなく』
『海底に別れ告げずに沈むひと立ち尽くし嘆きの空に瞼揺らして』

似て非なるもの「道頓堀川」



TSUTAYAにリクエストして映画「道頓堀川」を視聴した。宮本輝原作をイメージして観るとがっかりする。
名前こそ「道頓堀川」だけれど、中身は換骨奪胎した別物に仕上がっている。同じく映画化された「泥の河」「蛍川」がそれなりに原作に忠実に撮られていただけに、期待していたのだが当てが外れた。(笑)
「原作」に忠実となれば二時間では収まりようがない。どこをどう切り取り映像化するか。監督、携わった脚本家はそうとう呻吟したにちがいない。淀み流れる道頓堀川泥溝に映るさまざまな肖像が織りなす命、流転模様を描ききるのは至難のことだったろう。宮本輝描く「道頓堀川」世界の奥深さを描くのはさほどに難しい。原作と映画は明らかに違う。そういう視点で見れば、よくできていると評価していいのではないか。原作者宮本輝はがっかりを通り越して湯気立てたと聞く。判るなあその気持ち。まあ、仕方ないではないか。商業的成功を目論むのは監督脚本家の常。原作者の意図、世界を忠実に取り込もうとすれば収拾がつかなくなる。ヒロイン「松坂慶子」を主人公に据えて撮れば観客を呼び込めると打算したわけで、それも無理からぬことではないかと。

映画「道頓堀川」世界を表象した都はるみ「道頓堀川」歌詞がすんなり納得できた。
なぜこんな歌になるのか、映画を観るまで判らなかった。判ってみれば腑に落ちる。なるほど、そういう意味かと。
都はるみの卓越した歌唱力と抒情相まって感動的ですらある。(都はるみってのはすげえなあ)
その詩篇を追加しておく。




歌:都はるみ 作詞:たかたかし 作曲:岡千秋

小雨がそぼ降る 道頓堀に
涙でともる 恋の灯よ
あの人が あの人が 呼んでいるような
揺れる面影 夜の爪あと
今夜も泣かせる ネオン川

ちいさなお店で 仔犬とくらす
女の過去は きかないで
咲いたとて 咲いたとて 浮いて流される
どうせ浮草 夢のもろさよ
涙をしずめた 夜の川

相合橋から 戎橋
往く人来る人 もどる人
この川で この川で ひとり春を待つ
燃えてさみしい 紅い唇
明日も流れる さだめ川

もう一度、観てみようかなと。えへ。

参考映像

20170305.jpg







宮本輝「道頓堀川」

再読しようと借り出してきた宮本輝「海岸列車」。山陰餘部鉄橋から散骨するシーンをもう一度読みたくなった。
これを皮切りに宮本作品全て再読する予定でいる。
(あれもこれも読まなくてはならないのだが、小説世界に浸る読書があってもいいじゃないか)


代表作「泥の河」の描写は私の幼い日の心象風景に重なる。私もまた幾多の人と邂逅と別離を重ね生きてきた。つい一ヶ月前にも木蓮さんと危うく「さよなら」する場面に遭遇した身でもある。

検索していたら都はるみ「道頓堀」に出会った。初めて聴く歌だった。抒情、余韻溢れる歌唱はただ事ではないと唸らされた。

「道頓堀」、ただただ懐かしい。つくづく昭和チックな白亜紀化石男だなと笑ってしまうのだが



宮本作品どの一つをとっても痛切に心に沁み入る。
白状しておく。木蓮さんと一緒に暮らし始める契機になった作品が「錦繍」だった。えへ。



魔便りを得べし

かって共に仕事をした戦友から電話が入った。
「卵巣癌」ステージ3。すでにそこかしこに転移していて28日にオペを予定しているとのことだった。言葉もない。
ありのままの現実を受け入れるしかないと諦観していた。ご主人に家事一切を任せる支度をしているとも言っていた。
あれこれ思案を廻らせお見舞いに行くのは術後がいいだろうと判断した。身内ならばともかく「男性」が女性を見舞うのはなかなか敷居が高いもの。

八時間に及ぶ手術に耐えなくてはならない。木蓮さんと私、義母さんが、つい一ヶ月前に経験したことだ。オペに臨む本人も、周りの家族も共に耐えなくてはならない。待たせる身が辛いか待つ身が辛いか。オペが成功したからといって無罪放免というわけにはいかない。それからが本当の治療の始まりになる。メスの傷は癒えても、心の傷(PTSD)が本当に癒えるまでには最低五年はかかる。しっかりサポートしなくてはならない。幸い、同居の長男とスープの冷めない距離に嫁いだ娘さんがいる。中学三年になった孫娘もいる。家族が結束するいい機会だ。
人は生まれ老い、病を得て死んでゆく。何人といえどその螺旋から逃れることはできない。10年前に咽頭癌で世を去った義父は、病を正視していささかも動揺、破綻することがなかった。私にとって一つの規範として眼前にある。

東北大震災からもうすぐ6年になる。押し寄せる津波に呑まれ「さよならも告げずに」世を去った夥しい人々がいる。
只今臨終の覚悟で日々を生きなくてならないと改めて。



江戸東京街歩き「東京だよ、おっかさん」

昨年来からの義母さんとのお約束だった「皇居梅林坂」にお連れすることに。冬型配置で北風強しの予報が出ているけれど、ちょっとがんばって貰いましょう。たいしたことはありません。二時間ほどのお散歩コースです。
桜田門から入り皇居二重橋前でお約束の記念写真一枚。カメラを構える私は大きな声でこう叫び「笑」を取る。

東京だよ、おっかさん。ここが二重橋、記念の写真を撮りましょね〜

義母さんと木蓮さん並んでにっこり破顔する。そこをパチリ。

大手門からしずしずと江戸城に入る。巨大な石垣伽藍を眺め、さらにしずしずと城内に足を運ぶ。徳川幕府の威光をそこかしこに偲ぶことができる。天守閣こそないものの、かってそこにあった館の広大さは判る。刃傷松の廊下跡は天守閣から見て右手にある。葵に時代の旋風が吹き荒れて150年、今でも東京都下(江戸城下町)を一望することができる。義母さんをしずしずと天守閣にご案内する。石垣のところどころに火焔の跡がある。これは10万余の人が焼け死んだ明暦江戸大火(振袖火事)の名残と言えば、少しは驚いてくれるだろうか。笑。

昨年木蓮さんと遊んだ折の一枚。写真上部の真ん中にいるのは「ウグイス」。今年も鳴き声を聴くことができるだろうか。明日を逃せば一気に春めいて梅の香りも飛んでしまう。北風に負けないで歩きましょう。北の丸から千鳥ヶ淵、ちょっとくたびれたら団子とお茶いきましょう。(何、私が一番喰いたいわけで)

DSCF3038.jpg

おまけ。


Station Clock
Profile
ちょっと怪しいかも(・з・)
Milk Counter
命の灯(ともしび)

灯
音楽なかりせば
OTTAVA(オッターヴァ)
Archive/2008〜

Life Log Notebook 翼よ、あれが巴里の灯だ!、、なんちゃって。
糖脳病棟402号室 君の行く道は果てしなく遠い。ホンマ遠いわ。
WALKING & RUNNINIG
水泳・筋トレ &自転車
本の森逍遥 あんさん、いま何処にいてはるん?
図書館 657冊
うちの本棚 120冊
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。